睡歩山人、姓名・年齢不詳、天神の山深く住いし、昼夜を問わず、酔うがごとく、睡るがごとく徘徊するかと思えば、突如として天狗のごとく駆け抜ける。里人呼んで「睡歩山人」。山人の日常、定かならず。時に、安満山の仙人・酔耕老人吉清翁と山深くシバ刈を楽しみ、ちり芥を宝に化える怪しげなる術もてあそぶとか・・・。
 さて、山人、地球温暖化を愁いて、己の2足のみを頼りに全国行脚の旅に出でんと一念発起、まずは古の近つ淡海・琵琶の湖を一巡り、桜花散る去年弥生、風に吹かれて大津を旅立ちぬ。堅田、舞子、今津浜、桜吹雪の海津大崎、七本槍の賤ケ岳、兵どもが夢の後・小谷姉川後にして、長浜、彦根、安土は信長公、「人生50年 化天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり・・・」
安土より近江八幡へ一里
 卯の花匂う卯月12日、朝日をあびて安土を後に、江戸の昔の韓の国、李氏朝鮮の美々しき使い400名が行列そろえて通いし道を、一路、西方めざしてとぼとぼ歩む。彼の国の通信使は、250年にわたる徳川の御世に、10度あまりも遣わされしとか。爛漫の桜並木と青々と広がる麦畑、空にさえずるあげひばりに送られ八幡のまちに入りぬ。八幡堀の水面に浮かぶ花びら愛でて、豪壮なる西川家の佇まいに近江商人の栄華を思う。
 
近江八幡から守山へ四里
 名も美しき白鳥川を渡りて道は野洲市に入る。沿道の家々の門構えいとゆかしく通信使一行の目を


 
和ませたるか。彼の市のちり芥は、袋に入れて名を書き小屋のごとき集積所に置けり。山人、同じちり芥なるも、土地により扱いの様々なるに驚かされぬ。
 
春霞の中歩むこと二刻(4時間)あまり、日も中天にありて腹の虫も騒ぎ出したるにより、昼餉とす。
広々とした野洲川の川原に出でて握り飯頬張り、焼酎ぐびぐび、睡歩山人、至福の極みに頬緩む。小半刻休みて守山宿へ、通信使の道は中山道に合体し草津、大津、伏見へと続く。
守山から大津へ五里
 川原を発ちてゆらゆらと、睡歩そのもの「世はこともなし」。今宿なる閻魔堂すぎて至るは新幹線の駅騒動で名高き栗東市。草津の宿は東海道、中山道の分岐点、道標・常夜灯横に見て、田中家本陣の前に立つ。幾多の大名、泊まれし印、仰ぎ見て感心する。野路の玉川、一里山の一里塚すぎて瀬田の唐橋へ、さしも長き春の日も、西に傾き、脚痛む。空き腹抱えよろよろと、暮れ六つの鐘が鳴るなり大津宿。ようやく琵琶湖一巡り、睡歩山人、ほっと一息美酒を飲む。

琵琶湖一周でーた
 歩行距離 45里 180キロメ−トル
 歩行日数 6日間
 歩行歩数 約277,000歩睡歩山人
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風に吹かれて−睡歩山人 朝鮮通信使の道を往く−