主担研究員に就いて
               主担研究員 内田 慶市
《ついてくる世代に恥じないように》

 この度、リサイクルプラザの主担研究員に任ぜられました。まだ一体どういうことをやったらいいのかよく分からない状態ですが、少しずつ勉強していこうという意気込みだけは持ち合わせております。
 さて、私事ですが、この3月まで2期8年にわたって吹田市の教育委員を務めてまいりました。その間、私の基本的なスタンスとしては、「教育は、とことん子どもの側に偏向すべき」ということと、「違いを認め合うことから始めましょう=みんなちがって、みんないい」ということでした。
 リサイクルプラザが推し進めているいわゆる「エコ」とか「地球環境保護」も、ある意味では同じようなことが言えるように思います。確かに、CO2削減、温暖化防止、ゴミ減量等々は、今すぐそれをしないと地球が即、明日には滅んでしまうというものではないでしょう。しかしながら、今それをしなければ、そのツケは必ず次の世代、更に次の世代について回ります。子どもたちに大人たちの債務を支払わせてはいけないと思っています。
 また、エコの実現には様々な立場から、色んな方法が考えられます。決して、道は一つではないはずです。自分たちだけがエコをやっているという思い上がりが、この種の運動には時折見られるものです。そういったことも十分に考慮すべきだと考えています。
 仕事柄、中国や欧米に出かけることが多いのですが、福祉とか人権とかに関してはまだしも、バリヤーフリーや地球環境保護の取り組みにおいては、どの国も「まだまだ」という段階だと感じています。アメリカやイギリスなどは、この方面ではむしろ「後進国」かも知れません。マクドやスタバ、あるいはトイレなどでの紙ナプキンの使用量の凄まじさを見れば、一目瞭然です。それはまた、ハンカチを使うことを余りしない「文化」と関わることでもあります。エコを考える場合には、この「文化の違い」ということも抜きには考えられないことであるかも知れません。
 いずれにせよ、研究員として自分でやれることからやっていきたいと考えております。どうか、よろしくご指導下さい。
 
 

               主担研究員 椿原 正道
《もったいないを考えて》
 「もったいない」は、嘉田滋賀県知事が選挙の際に訴えられたスローガンです。
物のない子供時代を過ごした世代は皆そうかもしれませんが、私にも「もったいない」が結構しみついているような気がします。
 子ども時代を振り返ってみますと、食べられるものは何でも食べており、つばな、ぎしぎし等の山野草や木の実、沢ガニや鮒やハヤ、仕掛けで捕まえた小鳥など、全てお腹を膨らませる食物でした。また、暮らしの中では、米のとぎ汁を貯めておいて畑に撒く、風呂には時間をおかずに次々と入る、人糞も肥桶で畑に撒く、着物や靴下は繕ったものでお下がり、セーターはほどいて染め直し編みなおす・・等々、あるものを何度でも使うということが当たり前でした。
このような子ども時代を過ごしてきたせいか、なかなか物を捨てられず、先日も、妻が母から買ってもらい42年間使い続けてきたお鍋(写真参照)を修理しました。
  お鍋の修理
この鍋は、取っ手のベークライトが熱でボロボロになって欠け落ち、取っ手を止めるボルトだけになっていたのですが、何とかならないかと、コーナンで材料を探しまわってやっと修理したものです。本当は取っ手をベークライトかシリコン等の耐熱のものにしたかったのですがこれは成功しませんでした。
 かく言う私ですが、環境にやさしい生活をしているかというとそうではなく、未だに宵っ張りの朝寝坊で大変多くの電気を消費しています。早寝、早起きの実践が課題です。
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